— 1年間で“人を1人雇える”だけの貢献利益を作るための現実と設計図 —
「売上100万円」ではなく、“人を1人、専門職として雇える”だけの利益を安定的に生み出す。このシリーズのゴールはそこに置きます。
先に核心を言います。ネットショップは片手間では勝てません。 なぜなら、いまのECは「商品登録と広告」で終わる単純作業ではなく、商品企画/仕入れ/在庫・物流/レビュー運用/広告最適化/SEO/SNS/法務/CSまでが連なる総合格闘技だからです。さらに、日本では楽天・Yahoo!・Amazon・Qoo10・メルカリShopsなどモール独自の文化とルールが強く、それぞれに“勝ち方”が違う。
この序章では、1)“雇えるEC”の具体目標、2)必要な時間と体制、3)1年の投資イメージ、4)赤字を抑え走り切る運用設計、5)今日から着手する初回タスクを提示します。甘い話はしません。ですが、正しい設計と継続があれば、道は開けます。
目標の再定義:「人を1人雇える」状態とは何か
「雇う」とは、毎月の固定費を背負う覚悟です。日本でフルタイム1名を雇用する場合、参考として以下のイメージで逆算しておきましょう(職種・地域・保険料率で変動しますが、設計の目安として)。
- 想定“総コスト”(会社負担込み):月30〜45万円
- 例)基本給25〜33万円+会社負担の社会保険等+備品・ツール
- 安全マージン:突発費用/季節変動を吸収するため1.3倍を目安に
- 採用トリガーの1つの目安=直近3ヶ月の「月間貢献利益」平均が45〜60万円を連続達成
月間貢献利益(Contribution Margin)
= 売上 × 粗利率 − モール/決済手数料 − 送料 − 梱包 − 返品損 − 広告費(獲得コスト) − その他可変費
この「貢献利益」を3ヶ月連続で満たせているかを採用の判断基準にします。単発の勝ち月ではなく、**“再現性”**を重視します。
片手間が危険な理由(日本 EC の現実)
- モール文化の強さ
楽天・Yahoo!・Amazon は検索順位・レビュー・ポイント還元・イベントといったローカルルールで回っています。RPP(楽天)や SP(Amazon)広告の運用は“慣れ”がモノを言い、商品カタログの作法を外すと露出すらされません。 - レビューの経済圏
星の数・件数・最新日付は売上に直結。レビュー獲得のためのCS・同梱物・アフターフローは毎日の細かな運用の積み重ねです。 - 物流と在庫のシビアさ
欠品も過剰在庫も利益を削ります。仕入れ→撮影→登録→露出→初動広告→在庫追補までのリードタイム設計が生命線。 - 法務・表記・決済・セキュリティ
特商法・インボイス(※一般情報)・返品ポリシー・決済不正対策・2FA など、“やらかさない仕組み”は先に作っておかないと、後からの手戻りが高くつきます。
結論:毎週20〜30時間の“集中投下”が最低ライン。
「空いた時間で…」は、競合がフルスイングしている中での短打狙いになり、じわじわと消耗します。
1年ロードマップ(自社EC+日本独自モールを前提)
- 0〜1ヶ月(設計)
市場・競合・JTBD調査/チャネル戦略(D2C先行 or 楽天先行 or 並走)/採算モデル試作/法務・表示の叩き台 - 2〜3ヶ月(MVP構築)
撮影・商品ページテンプレ完成/自社EC公開/モール1〜2面出店着手(カテゴリ最適化・初期広告) - 4〜6ヶ月(初速の壁破り)
週次WBRで在庫・広告・レビューを回す/価格テスト/主力SKUの絞り込み/返品率と配送体験の安定化 - 7〜9ヶ月(再現性の確立)
モール横展開(Qoo10/メルカリShopsで小さく検証)/広告のクリエイティブ運用を型化/LINE・メールCRMでリピート導線 - 10〜12ヶ月(採用トリガーの判断)
3ヶ月移動平均の月間貢献利益を監視/SOP(受注→出荷→CS)を文書化/採用Go/No-Goの意思決定
数字感覚を掴む:貢献利益の“手触り”サンプル
ケースA(自社EC中心の例)
- 平均客単価(AOV):5,500円
- 商品粗利率:60% → 粗利 3,300円
- 決済手数料(例):3.6% → 約198円
- 送料:600円/梱包資材:50円
- 広告獲得コスト(CPA):800円
- 返品損按分(例):20円
1件あたりの貢献利益 ≒ 1,632円
月45万円の貢献利益を作るには → 約276件/月(売上 ≒ 152万円/月)
ケースB(モール中心の例・手数料をやや高めに見積もる)
- AOV:5,500円/粗利率:60% → 粗利 3,300円
- モール手数料(例):12% → 約660円(決済等を含む想定)
- 送料:600円/梱包:50円/広告CPA(RPP/SP等):600円
- 返品損按分:20円
1件あたりの貢献利益 ≒ 1,370円
月45万円の貢献利益を作るには → 約329件/月(売上 ≒ 181万円/月)
※上記はあくまで設計用の試算です。商材・サイズ・温度変化・キャンセル・同梱施策で上下します。
重要なのは、**「1件でいくら残るか」→「月に何件必要か」→「その件数をどうやって安定的に獲るか」**を、毎週のWBRで追うことです。
1年間の投資はどれくらいを覚悟すべきか(例)
「年内で“雇える力”を作る」という前提で、2つの現実的な投資シナリオを例示します(目安です。原価・MOQ・モールプラン・広告単価で大きく変動します)。
シナリオ①:自社EC+メルカリShops/小規模モールで検証→拡張
- 初期(0〜3ヶ月)
- 初回仕入れ・在庫(1.5ヶ月相当):80万円
- 撮影・画像制作・コピー:30万円
- サイト構築・アプリ/拡張:15万円
- 物流備品・撮影備品:10万円
- ツール初期・雑費:3万円
- 予備費(10%):14万円
→ 初期合計:約152万円
- 運用(12ヶ月)
- 広告費(平均15万円/月×12):180万円
- ツール/アプリ・サーバ等(3万円/月×12):36万円
- 追加撮影・クリエイティブ:10万円
→ 運用合計:約226万円
■ 年間トータル:約378万円
ねらい:まず主力SKUの“勝ち方”を掴み、在庫回転とレビューを安定化。
結果次第で楽天・Yahoo!やAmazonにスライドインして広告費の投下効率を上げていく。
シナリオ②:モール先行(楽天+Amazon)で“需要の川上”に乗る
- 初期(0〜3ヶ月)
- 初回仕入れ・在庫(2ヶ月相当):150万円
- 撮影・画像・LP・ブランド制作:50万円
- モール固定費・保証金・初期設定:例として40万円規模
- 物流体制(外部倉庫/備品等):20万円
- 自社LP/計測の整備:20万円
- 予備費(15%):40万円前後
→ 初期合計:約320万円
- 運用(12ヶ月)
- モール広告(RPP/SP/イベント):25万円/月×12 = 300万円
- 固定費(出店料・システム等):10万円/月×12 = 120万円
- 運用ツール・販促(レビュー・分析等):5万円/月×12 = 60万円
→ 運用合計:約480万円
■ 年間トータル:約800万円
ねらい:モール内検索×イベント需要で初速を作り、広告最適化の学習速度を最大化。
在庫・返品・レビューの安定が前提なので、運用の“手数”は重くなる。ただし売上の天井は高く、人件費を吸収できる速度に乗りやすい。
時間と体制:週20〜30時間の“使い道”を固定する
週の時間割(例)
- 商品・在庫(5h):仕入れ、リードタイム調整、在庫アラート対応
- 撮影・ページ改善(6h):1SKUにつき主画像/利用シーン/サイズ感/FAQ更新
- 広告運用(6h):入札・キーワード・否定語、RPP/SPの日別見直し
- CS・レビュー(4h):24h内返信、低評価の初動ハンドリング
- 分析・WBR(3h):KPIレビュー、改善チケット化
- SNS/CRM(2h):LINE友だち増やす企画、カゴ落ち・ウェルカム自動化の点検
- 法務・品質(2h):特商法・返品表記・梱包品質の定期点検
原則:「広告」「在庫」「レビュー」の3点が赤になったら、先に戻って直す。
新規の“やりたいこと”より、“いまのボトルネック”に工数を再配分。
赤信号と撤退基準(損切りは戦略)
- CPAが粗利を超える期間が4週間継続
- 返品率が想定の2倍へ悪化し2ヶ月改善できない
- 主力SKUのレビュー平均が★3.8未満で3ヶ月反転できない
- 在庫回転が2ヶ月以上滞留しキャッシュアウトの危険が出る
- 月間貢献利益が連続3ヶ月赤字(広告比率を下げても改善しない)
→ SKUの入替/チャネルの切替/価格の再設計/撮影や同梱物の刷新を“撤退”ではなく**“ピボット”として即断**。続けない勇気が、次の打席に回るチャンスを作ります。
モール別の“序章で押さえるべき”観点
- 楽天:カテゴリ最適化・商品名/属性の作法・RPP の初期チューニング・イベントカレンダー準備・同梱物でレビュー導線
- Yahoo!:還元設計(ポイント/クーポン)・ストア評価と SLA・検索ロジックに合わせたタイトルの粒度
- Amazon:カタログ保全(相乗り対策)・FBA/FBM の損益分岐・SP/SD 広告のクリエイティブ検証
- Qoo10:メガ割逆算の価格階段・クーポン設計・商品ショーケースの露出ロジック
- メルカリ Shops:少量在庫テストによる“刺さり方”検証→勝ち SKU のみ横展開
序章の段階で「どこで初速を作るか」を決め、そのモールの作法に撮影・コピー・価格を合わせていきます。
よくある誤解を、最初に壊しておく
- 誤解1:売れたら広告を止めたい → 逆。広告は学習が資産。粗利が出る範囲で回転数を上げるのが正解。
- 誤解2:商品を増やせば売上は伸びる → 逆。まずは主力SKUを当てる。在庫と広告がバラけると、どれも育たない。
- 誤解3:レビューは運任せ → 逆。CS速度+同梱物+“使い方”のフォローで取りに行く運用を設計する。
- 誤解4:安ければ勝てる → 短期は可、中長期は粗利のやせ細りで自壊。**付加価値(写真・同梱・保証・物語)**を積む。
今日のチェックリスト(5分で実施)
- 週20〜30時間を、カレンダーに固定予約したか
- 1名雇用の総コストを自社条件で試算したか(安全マージン×1.3)
- 自社のAOV・粗利率・送料・手数料・CPAを“仮”でも数字に置いたか
- 自社EC先行/モール先行/並走のどれで行くか、仮決めしたか
- 撤退基準(赤信号KPI)を本文の例から選んで書き出したか
今日の成果物(テンプレの骨子)
下記のP/L逆算シートを作って、自社数字に置き換えてください(表計算でOK)。
- 入力欄:
平均客単価(AOV) / 粗利率 / 手数料金額(or率) / 送料 / 梱包 / 広告CPA / 返品率・損 / 固定費(出店料・ツール等) - 出力欄:
1件あたり貢献利益 / 月間必要受注数 / 目安売上 / 広告比率(売上比) / 採用トリガー達成までの距離
まずはケースA/B(自社EC中心/モール中心)のダブル見積を出し、どちらで学習速度を上げられるかを比較するのがコツです。
まとめ: “覚悟”を数字に落とす
- ゴールは「売上100万」ではない。“人を1人雇える”だけの“月間貢献利益”を安定的に出すこと。
- 時間投資:週20〜30時間×12ヶ月が最低ライン。
- お金の投資:年間約380〜800万円のレンジを参考に、自社の商材と戦略で上ぶれ/下ぶれを設計。
- 運用の芯:在庫・広告・レビューの3点セットを週次WBRで回す。
- 採用判断:3ヶ月移動平均の貢献利益が45〜60万円を連続達成したらGo(一例)。
この序章は、“甘くない”を受け入れるための着火点です。
次回以降は、#1「目標設定:1人雇用のためのP/L逆算」で、今日作った骨子を実数に落とし、ユニットエコノミクスを完成させます。
勝ち筋は、現実からしか立ち上がりません。 数字にし、毎週見て、手を打つ。1年後、「人を雇えるEC」へ歩を進めましょう。
ネットショップ企画(記事一覧)
Phase 0|覚悟と設計:片手間では勝てない(全5回)
- 第1回 : 片手間ではなく「雇用を生むEC」へ
- 第2回 : 目標設定:1人雇用のためのP/L逆算
- 第3回 : チャンネル戦略の型:D2C 先行 / 楽天先行 / 並走
- 第4回 : 12ヶ月ロードマップと週次運用リズム
- 第5回: リスクと撤退基準(健全な“やめる勇気”)
各チャプター一覧
- Phase 1|調査と戦略:日本市場を読む
- Phase 2|構築・商品力:勝てる土台を作る
- Phase 3|集客・運用:回して磨く
- Phase 4|拡張・採用:人を雇える事業へ


