— 「売上」ではなく“貢献利益”で経営し、雇用トリガーまでの数字を設計する —
はじめに:ゴールは「売上100万」ではない
この章の目的は明快です。“人を1人、専門で雇えるだけの利益”を毎月安定して生み出すために、P/L(損益)を逆算して「必要な1件あたり貢献利益」「必要件数」「許容 CPA(広告獲得単価)」を具体数字で定義します。
以降は感覚や売上額ではなく、式と数値で意思決定します。
用語と式(ここが“運営の言語”)
- 売上(Revenue) … 1件あたりの販売額(AOV:平均客単価)
- 原価(COGS) … 仕入・製造等の直接原価
- 粗利率(Gross Margin Rate) …
粗利率 = 1 − 原価率 - 変動費 … モール/決済手数料、送料、梱包、ポイント/クーポン原資、広告、返品損など
- 貢献利益(Contribution Margin) … 1件の注文から“固定費を除いて”残る利益
貢献利益/件 = (売上 × 粗利率) − {手数料 + 送料 + 梱包 + 広告CPA + 返品損 + ポイント原資 等} - 雇用トリガー(例) … 直近3ヶ月移動平均の月間貢献利益が45〜60万円を連続で満たす
以降の計算はすべて“1件あたり”→“月間”の順で積み上げます。
ケース別 P/L 逆算(高粗利/中粗利/低粗利)
計算は桁を追って明示します。四捨五入は最小限で行います。
ケースA:高粗利・軽量(自社EC/コスメ・アクセ等)
- AOV:7,800円
- 粗利率:70% → 粗利 = 7,800×0.70 = 5,460円
- 決済手数料(3.6%):7,800×0.036 = 280.8 ≈ 281円
- 送料:350円(ネコポス等)
- 梱包:60円
- 広告 CPA:900円
- 返品損按分:80円
貢献利益/件:
5,460 − (281 + 350 + 60 + 900 + 80)
= 5,460 − 1,671
= 3,789円
必要件数(雇用45万円の例):
450,000 ÷ 3,789 ≈ 118.8 → 119件/月
所感:高粗利&軽量はオーダー数が少なくても雇用圏内。一方で広告依存やレビュー低下で一気に崩れるため、CS と同梱に投資。
ケースB:中粗利・モール依存(楽天/Yahoo!/Amazonで一般雑貨)
- AOV:5,500円
- 粗利率:50% → 粗利 = 5,500×0.50 = 2,750円
- モール手数料(12%):5,500×0.12 = 660円
- ポイント/クーポン原資(5%):5,500×0.05 = 275円
- 送料:600円
- 梱包:60円
- モール広告 CPA(RPP/SP等):600円
- 返品損按分:60円
貢献利益/件:
2,750 − (660 + 275 + 600 + 60 + 600 + 60)
= 2,750 − 2,255
= 495円
必要件数(45万円):
450,000 ÷ 495 ≈ 909件/月
所感:“面”で取る量の勝負。セット化でAOV↑、送料設計、広告の否定語、レビュー速度で1件利益を一段引き上げるのが必須。
ケースC:低粗利・価格競争(消耗品/バンドル必須)
単品のままだと赤字化しやすい。バンドルで AOV を上げる前提の設計にします。
- AOV:3,980円(バンドル後)
- 粗利率:35% → 粗利 = 3,980×0.35 = 1,393円
- モール手数料(12%):3,980×0.12 = 477.6 ≈ 478円
- 送料(メール便):300円
- 梱包:50円
- 広告 CPA:250円
- 返品損按分:60円
貢献利益/件:
1,393 − (478 + 300 + 50 + 250 + 60)
= 1,393 − 1,138
= 255円
必要件数(45万円):
450,000 ÷ 255 ≈ 1,764.7 → 1,765件/月
所感:数量で取り切るモデル。物流効率(厚さ・サイズ)とAOV引き上げ(2個/3個セット、定期)が生死を分ける。
ケースD:Amazon FBA(中粗利・広告比率高め)
- AOV:4,980円
- 粗利率:55% → 粗利 = 4,980×0.55 = 2,739円
- リファラル(15%):4,980×0.15 = 747円
- FBA フルフィルメント:430円
- FBA 保管等:70円
- SP広告(ACOS 20%):4,980×0.20 = 996円
- 返品損按分:60円
貢献利益/件:
2,739 − (747 + 430 + 70 + 996 + 60)
= 2,739 − 2,303
= 436円
必要件数(45万円):
450,000 ÷ 436 ≈ 1,032.1 → 1,032件/月
所感:Buy Box 安定・在庫健全性が前提。ACOS を粗利率以下に抑えつつ A+/比較表で CVR 底上げ。
目標の置き方:“1件”と“月間”の二段構え
まずは目標貢献利益/件を宣言
- 自社 EC 中心 … 1,200〜2,000円を初期合格ラインに
- モール中心 … 800〜1,500円を目標(カテゴリ次第)
理由:1人雇用(45〜60万円)に現実的な受注数で到達するため。
例)目標1,200円なら375〜500件/月でレンジに入る。
次に必要件数を決める
必要件数 = 雇用トリガー(月45〜60万円) ÷ 目標貢献利益/件
- 目標1,200円 → 375〜500件/月
- 目標1,500円 → 300〜400件/月
この「件数」を週次(WBR)に落とし込む(例:月400件=週100件=日14〜15件)。
CPA 上限(広告の赤信号)を数式で出す
広告に使って良い上限は、“その1件で目標貢献が残るギリギリ”の金額です。
許容CPA = (売上 × 粗利率) − {手数料 + 送料 + 梱包 + 返品損 + ポイント原資} − 目標貢献/件
例:ケース B の条件で目標1,000円残したい
- (5,500×0.50)=2,750
- 固定的変動費:660(手数料)+600(送料)+60(梱包)+60(返品損)+275(ポイント)= 1,655円
- 許容 CPA = 2,750 − 1,655 − 1,000 = 95円
厳しいと感じるはずです。だからこそAOV↑(セット)、送料効率↑、ポイント原資↓など“広告以外”のレバーで許容CPAを押し上げる必要がある、という結論になります。
CPA の現場換算(CPCとCVRから)
CPA = CPC ÷ CVR
- 例:CPC 40円、CVR 2%(=0.02) → CPA = 40 ÷ 0.02 = 2,000円
- もし許容 CPA 1,000円なら、CPC を20円に抑えるか、CVRを4%まで高める必要がある。
広告だけで解決しない。主画像・タイトル・比較表・FAQ で CVR を上げる。否定語で CPC を落とす。AOV↑で許容 CPAを上げる。すべて数式で接続します。
感度分析:どこを1クリック動かすと、いくら変わるか
目的:WBR(週次)で「今週の3課題」を金額効果の大きい順に並べる。
- 送料 −100円 → 貢献/件 +100円
- AOV +500円、粗利率50% → 粗利 +250円 → 貢献/件 +250円
- CVR +0.5pt、CPC 40円 → CPA = 40 ÷ 0.02→0.025 で 2,000→1,600円(−400円) → 貢献/件 +400円
- ポイント原資 −2pt(5%→3%)AOV 5,500 → −110円のコスト削減 → 貢献/件 +110円
示唆:多くの商材で CVR 改善(主画像・FAQ・A+・比較表)の金額インパクトが最も大きい。次に AOV、その次に送料・ポイント。
チャネル別の P/L 注意点
- 楽天 … 実質価格(ポイント/クーポン)をコストに入れる。イベント前後で RPP 入札前倒し。
- Yahoo! … PayPay 還元を P/L に。ストア評価・SLA 悪化は露出に直撃。
- Amazon … リファラル+ FBA で“手数料合算”を見る。ACOS は粗利率以下が原則。
- Qoo10 … メガ割逆算で最低利益を担保できない場合は参戦しない。
- 自社EC … 決済手数料は低いが広告 CPA が上がりがち。AOV↑とCVR↑が鍵。
90日で“雇用トリガー距離”を縮める実行計画
Day 1–7|棚卸し
- 現状の貢献/件を計算(SKU/チャネル別)
- 不足分=目標貢献/件 − 現状貢献/件 を把握
Week 2–4|CVR強化スプリント
- 主画像:構図を勝ち型に合わせる(比較・寸法・素材感・ベネフィット)
- タイトル:カテゴリ作法に合わせ並び替え
- FAQ:低評価の原因語を反映
- 目標:CVR +0.5pt(金額換算も記載)
Week 5–8|AOV+送料効率
- 2個/3個セット、詰め替え、ギフト
- 厚さ/サイズのしきい値を跨がない設計
- 目標:AOV +500円、送料 −50〜−100円
Week 9–12|広告と否定語
- 否定語10〜30件/週の積み上げ
- キーワード整理(“意図合致”を上位に)
- 目標:CPC −20%またはCPA −15%
各スプリントの効果を“貢献/件の増分(円)”で記録。合計が+400〜+800円動くと、必要件数が月100〜300件単位で変わります。
テンプレ(スプレッドシートの列そのまま)
channel, sku, aov, gross_margin_rate, cogs, fee_rate, fee_amount,
shipping, packaging, points_rate, points_amount,
ads_cpa, return_loss, contribution_per_order,
target_contribution_per_order, allowed_cpa_for_target,
orders_needed_for_450k, orders_needed_for_600k
計算列サンプル
- fee_amount = aov * fee_rate
- points_amount = aov * points_rate
- contribution_per_order = (aov * gmr) − (fee_amount + shipping + packaging + points_amount + ads_cpa + return_loss)
- allowed_cpa_for_target = (aov * gmr) − (fee_amount + shipping + packaging + points_amount + return_loss) − target_contribution_per_order
- orders_needed_for_450k = 450000 ÷ contribution_per_order
- orders_needed_for_600k = 600000 ÷ contribution_per_order
悲観/中間/楽観の3シートでレンジ管理するのがコツ。
よくある誤解と対処
- 誤解:「売上が伸びている=雇用できる」
対処:貢献/件×件数で見る。売上だけ伸びて広告比率↑・ポイント↑なら逆ザヤ。 - 誤解:「広告を止めれば利益が増える」
対処:学習が切れるとCVR↓→CPA↑で長期の損。許容 CPAを守って面を維持。 - 誤解:「単価を下げれば量で勝てる」
対処:送料の段差で逆効果。バンドルで AOV↑&送料効率↑を狙う。 - 誤解:「レビューは運」
対処:同梱カード+24h 内 CSで RPR(レビュー化率)を上げ、広告の学習と噛み合わせる。
雇用判断(M7 以降)の“定義文”
- Go(採用へ前進):
- 3ヶ月移動平均の月間貢献利益が45〜60万円を連続達成
- 在庫回転 ≤60日、レビュー★≥4.2/速度↑、**TACOS 15–18%**で安定
- Hold(改善継続):
- 貢献/件 < 目標だが、CVR↑やAOV↑の計画効果が数式で出ている
- Stop(撤退/縮小):
- 貢献/件 < 1,000円が3ヶ月、CPA > 粗利が4週、返品率2倍が2ヶ月…など赤信号に該当
人件費は固定費。**採用は“結果の後追い”**で行うのが鉄則です。
今日のチェックリスト(5分)
- 主要 SKU×チャネルの貢献利益/件を計算した
- 目標貢献/件(自社 EC:1,200〜2,000円/モール:800〜1,500円)を宣言した
- 必要件数(45〜60万円÷目標貢献/件)を週・日にならした
- 許容CPAを計算し、広告面の赤信号を定義した
- 来週の3課題に「CVR」「AOV」「送料/ポイント」の金額効果を添えた
まとめ:P/L で運営すれば、雇用は“結果”として手に入る
- ゴールは売上額ではなく、“月間貢献利益”の安定。
- 1件でいくら残すかを設計し、何件必要かを逆算する。
- 許容 CPA を数式で定め、CVR/AOV/送料効率で上限を押し上げる。
- 悲観/中間/楽観のレンジで運営し、M7 で選別。
- その上で、3ヶ月連続で45〜60万円を超えたら“採用Go”。
この“逆算の型”を毎週の WBR で回し、数字→行動→学習の速度を上げてください。雇用を生む EC は、式と実装の積み上げからしか立ちません。
ネットショップ企画(記事一覧)
Phase 0|覚悟と設計:片手間では勝てない(全5回)
- 第1回 : 片手間ではなく「雇用を生むEC」へ
- 第2回 : 目標設定:1人雇用のためのP/L逆算
- 第3回 : チャンネル戦略の型:D2C 先行 / 楽天先行 / 並走
- 第4回 : 12ヶ月ロードマップと週次運用リズム
- 第5回: リスクと撤退基準(健全な“やめる勇気”)
各チャプター一覧
- Phase 1|調査と戦略:日本市場を読む
- Phase 2|構築・商品力:勝てる土台を作る
- Phase 3|集客・運用:回して磨く
- Phase 4|拡張・採用:人を雇える事業へ


