— “売り逃しゼロ”“赤字ゼロ”“約束の破綻ゼロ”を同時に満たす運用設計
はじめに:在庫と価格は「会社の呼吸」
マルチチャネル(自社 EC/楽天/Yahoo!/Amazon/実店舗/卸)で勝つ条件はシンプルです。
- 在庫情報が嘘をつかない(全チャネル一貫の残数・納期)
- 価格が利益式に乗っている(料率・送料・広告・ポイントを加味)
- SLA(発送リードタイム)が“守れる約束”(顧客体験と不正対策の両立)
この3つが揃うと、広告の許容 CPC が広がり、Buy Box や CVR が安定します。本稿では、実務で使える在庫連携アーキテクチャ/SLA 設計/価格最適化ロジックを、チェックリストと式でまとめます。
在庫連携の基礎設計:“一つの真実(SSOT)”を作る
役割分担(用語)
- SSOT(Single Source of Truth):在庫の主データ。OMS/WMS/ERPのいずれかに集約。
- 予約(Reservation):カゴ投入〜決済完了までの“仮押さえ”。二重販売防止の要。
- ATP(Available to Promise):出荷可能数量=
現在庫 − 予約 − 安全在庫 + 近々の入荷確定。 - 安全在庫:同期遅延・返品検品待ち・ピッキング誤差を吸収するバッファ。
同期の型(スピード × コスト)
- Push(Webhook):受注・返品・入荷トリガで即時更新(Amazon/FBAや自社ECは可)。
- Pull(Cron/定期API):楽天・Yahoo!などを2–10分刻みでポーリング。
- 差分更新(Delta):フル同期ではなく“変化量のみ”送る。レイテンシと負荷を同時に削減。
- チャネル優先割当:
楽天20 / Amazon40 / 自社EC40のように予約枠を持つ。主力チャネルの欠品を防ぐ。
典型アーキテクチャ
店舗・卸 ←→ ERP/WMS(SSOT)
↑ ↑
自社EC ←→ OMS ←→ モールAPI(RMS/PayPay/PA-API)
↓
BI/在庫ダッシュボード(ATP/回転/滞留)
- 予約は OMS で一元、引当は WMS で確定。
- 返品・B品は状態コード(新品/開封済/再販不可)でS SOT に戻し、ATP にいつ戻るかを定義。
“売り逃しゼロ”を作る在庫ルール
バリエーション/バンドル
- 親子在庫:色・サイズごとに在庫、親は合算表示+欠品バリエ非表示。
- キット/セット:構成品の最小在庫で ATP を算出。片方欠品で全体欠品にしないよう、単品販売の停止ルールを用意。
- 予約・入荷待ち:発売日前・仕入遅延時は“いつ出荷できるか”を日付で表示し、同梱注文の分割発送方針を明記。
バッファとキャパ
- 安全在庫:
リードタイム日数 × 1日平均販売 + 予備%。新商品は保守的に大きめ→データが溜まったら縮小。 - キャパ制限:繁忙期(セール/イベント)は日々の出荷上限を決め、出荷日選択を前倒し表示(後述SLA章)。
価格最適化の“守りの式”と“攻めの設計”
守り:赤字にしない最低ライン(Floor)
最低販売価格(税込) = {原価 + 送料 + 資材 + モール手数料 + 決済 + 返品期待 + 広告期待} ÷ (1 − 目標利益率)
- 返品期待=返品率×(往復送料+再梱包+廃棄損)
- 広告期待=TACOS目標×AOV
- モール別FloorをSKU台帳で保持(Amazon/Rakuten/Yahoo!/自社EC)。
攻め:弾力性テストと日別ルール
- 弾力性(ε):
価格−3%で販売数が+10%なら利益増。週次A/Bで測る。 - イベント日(5のつく日・プライムデー等)は在庫厚×粗利厚×レビュー強だけを攻める。
- 価格≠実質:税込の最終額と到着で勝つ。ポイントやクーポンは式で上限管理。
チャネル別の考え方
- Amazon:Buy Box は“最終額×配送×出品者健全性”。自動改定は Floor 必須。
- 楽天:原価率が高い商品は RPP より CVR 改善を先に。ポイントはイベント集中。
- Yahoo!:フィード品質×イベント日薄上乗せが効率的。
- 自社 EC:セット・名入れ・延長保証でモールとの差別化。定期の割引は3–5%程度の小幅で十分。
発送と在庫のリードタイム設計(SLA は“守れる約束”だけ)
「翌日発送が正義」は半分正しい
翌日発送は CVR に効きます。しかし、
- 不正利用が疑われる高額商品
- 組み合わせ確認が必要なオーダー
- 危険物/大型/特殊梱包
では即日〜翌日を約束しない方が健全です。誤出荷・チャージバック・破損率のコストが勝つことが多いからです。
SLA マトリクス(例)
| リスク/急ぎ | 低価格・消耗 | 中価格 | 高価格・非急ぎ |
|---|---|---|---|
| 低リスク | 当日〜翌日 | 翌日 | 翌々日 |
| 中リスク(高額/多点) | 翌日 | 48–72h(目視検品) | 2–4営業日(本人確認/後払い審査) |
| 高リスク(不正疑義) | — | 保留→連絡 | 決済確定まで保留 |
- 告知方法:商品ページFVに**「最短◯/◯到着|高額品は確認後の出荷(2–4営業日)」と明文化**。
- 本人確認(KYC):高額・同一住所複数・海外転送等のフラグで出荷保留→連絡テンプレ。
- 週一出荷スタートも可(小規模期)。SLAを**“毎週◯曜出荷”と宣言すれば炎上せずに運べる**。
在庫リードタイム(調達側)
- 調達 LT:発注→入荷まで。発注点=
平均販売×調達LT + 安全在庫。 - 季節性:繁忙前は在庫日数×1.3–1.5で積む。滞留(90日超)は値下げorセット化で回転。
- 返品リードタイム:検品完了→再販登録までを KPI 化(“戻り在庫”が ATP に戻る日付を出す)。
FBA/FBM と自社・モールの在庫配分
FBA は“高速×CVR”、FBM は“コスト制御”
- 主力 SKU=FBA/周辺 SKU=FBM のハイブリッド。
- FBA キャパ制限時は回転の悪い SKU を FBM へ逃し、主力の枠を守る。
- FNSKU 運用で混在在庫を避け、返品再販の流れを明確に。
予約枠と“切替え”
- チャネル予約枠:Amazon 40 / 楽天 30 / 自社 30(例)。
- 在庫切れ防止:FBA ゼロ時は自動でFBM露出(Amazon)。楽天・Yahoo! は自社側で在庫振替APIを用意。
価格×在庫×広告:三位一体の P/L
許容 CPC(広告の上限)
許容 CPC = CVR × {AOV×粗利率 − (送料 + 資材 + 手数料 + 返品期待 + 値引/還元)}
- 在庫が厚い週は許容 CPC↑、薄い週は↓で運用強度を調整。
- 滞留在庫はセット化/クーポンで回転、広告も“掃き出し枠”を別立て。
価格の階段(段差)
- 送料サイズ段差を跨がない価格・セット。
- 定期は−3〜5%の小割引+スキップ可を明記(信頼と回転の両立)。
ダッシュボード KPI(週次レビュー)
在庫
- OSA(在庫掲示の正確性)、OOS率、ATP改定回数
- 回転日数/DIO、滞留(>90日)数量、返品→再販までのLT
価格
- Floor割れ回数、粗利率×チャネル、弾力性テストの勝ち負け
SLA
- On-time Ship Rate、遅延理由Top3、高額保留件数と解決時間、チャージバック率
売上効率
- TACOS、Buy Box%(Amazon)、カテゴリ順位(楽天/Yahoo!)
- 貢献利益/件(送料・ポイント・返品込み)
運用テンプレ:30/60/90日ロードマップ
Day 1–30:基礎地
- SSOT を決め、在庫予約を OMS で一元化。
- 安全在庫・発注点・ATP 計算を式で運用開始。
- Floor 価格表を SKU×チャネルで作成。
- SLA マトリクスを策定し、商品ページ FV に1行表示。
- 高額・不審シグナルの出荷保留 SOP と連絡テンプレを作成。
Day 31–60:拡張
- 差分同期とポーリング頻度の最適化。
- 弾力性テスト(±3%価格)を週次で実施。
- 滞留 SKU にセット化・イベント集中で回転。
- FBA/FBM の再配分と在庫枠見直し。
Day 61–90:高度化
- イベント・季節性に合わせた需要予測×発注計画。
- 週次の P/L×KPI で広告の許容 CPC・ポイント原資を調律。
- 返品 LT 短縮(検品→再販登録の自動化)で ATP を厚く。
- 買い回り/まとめ買いの価格階段を最適化。
よくある失敗と即効の処方
| 失敗 | 症状 | 処方 |
|---|---|---|
| “在庫は各モール任せ” | 二重販売・キャンセル | SSOT+予約一元化、差分同期で遅延を削減 |
| 翌日発送を全 SKU に強制 | 誤出荷・赤字配送・チャージバック | SLA マトリクスで高額は48–72h、FVに明記 |
| Floor なしの値決め | イベントで赤字化 | Floor式を台帳に、自動改定は下限必須 |
| 滞留在庫の放置 | 倉庫費用と陳腐化 | セット化/価格段差/掃き出し広告で回転 |
| 返品が ATP に戻らない | 常時欠品・売り逃し | 返品 LT を KPI 化、“戻り日付”をATPに反映 |
付録:式とテンプレ(コピペ OK)
A. 発注点と安全在庫
発注点 = 平均販売/日 × 調達LT(日) + 安全在庫
安全在庫 = 需要標準偏差 × √LT × サービス係数(例1.65)
B. 価格Floor
floor = {原価 + 送料 + 資材 + 手数料 + 決済 + 返品期待 + 広告期待} ÷ (1 − 目標利益率)
C. 許容CPC
allowed_cpc = CVR × {AOV×粗利率 − (送料+資材+手数料+返品期待+値引)}
D. 商品ページFVの1行テンプレ
最短◯/◯到着|税込・送料込|30日返品可(未開封)|高額品は確認後2–4営業日
E. 高額・不審注文フロー(要約)
- 自動ルールで保留(高額/同住所多件/海外転送)
- 本人確認/決済確定
- 2–4営業日で出荷、連絡テンプレ送付
まとめ:在庫×価格× SLAを同じ計算尺に
- 在庫は SSOT と予約で“嘘をつかない”状態に。
- 価格は Floor と弾力性で“儲かる幅”を把握。
- SLA はマトリクスで“守れる約束”にし、高額は 48–72h を標準に。
この三位一体ができると、広告は攻められ、レビューは安定し、在庫は回る。
まずはSLA の1行明記と Floor 台帳から—今日から利益の“漏れ”が止まります。


